マダガスカルその3 モロンダバ(ムルンダヴァ)
朝、昨日ブッキングしておいたベタニア漁村までピローグと呼ばれる丸木船に乗って向かう。
ベタニタ漁村は、漁で生計をたてるヴェス族の漁村である。
約束の時間に宿を出ると、昨日会った船の持ち主が待っていた。
まだ、朝なので少し寒い。
ウィンドブレーカーをTシャツの上に羽織ってピローグのあるところまで歩いていく。

水辺にはマングローブが茂っている。


この船に乗り込み、

静寂のマングローブの中、ベタニアを目指す。

静かだ。
船を漕ぐ、チャップ、チャップといった音だけが耳に心地よい。

暫くするとピローグは水路を抜け海に出た。

辺りを見回すと、

このような感じで、ウェズ族の子供も舟を漕いでいる。

沖合いを見ると、前時代的な船も。

そうこうしている内に、ベタニア漁村が近づいてきた。
ベタニタ漁村は、漁で生計をたてるヴェス族の漁村である。
約束の時間に宿を出ると、昨日会った船の持ち主が待っていた。
まだ、朝なので少し寒い。
ウィンドブレーカーをTシャツの上に羽織ってピローグのあるところまで歩いていく。

水辺にはマングローブが茂っている。


この船に乗り込み、

静寂のマングローブの中、ベタニアを目指す。

静かだ。
船を漕ぐ、チャップ、チャップといった音だけが耳に心地よい。

暫くするとピローグは水路を抜け海に出た。

辺りを見回すと、

このような感じで、ウェズ族の子供も舟を漕いでいる。

沖合いを見ると、前時代的な船も。

そうこうしている内に、ベタニア漁村が近づいてきた。
マダガスカルその2 アンタナナリボ
目覚まし時計のアラームの音にまどろみながら、何度か寝返りを打ちアラームのストップボタンを押した時、時計は5時を指していた。
今日は6:50発のモロンダバ行きの飛行機に乗り、バオバブ街道の最寄のモロンダバに行く予定だった。
モロンダバはマダガスカル西部ではトゥリアーラに次ぐ第二の都市でモロンダバの近くには、バオバブの並木道として知られるバオバブ群生地があり、バオバブ並木道を訪れる拠点となる街である。
この地域には漁労民のウェズ族も多く、彼らが操る帆船や、ピローグと呼ばれる丸木船なども目にすることが出来る。
僕は、前日に空港から宿まで送ってもらったタクシーの運転手に、昨日のうちに宿から空港まで送ってもらう約束をしていた。
40000Arで空港に向かう。
まだ眠い目を擦りながら空港で搭乗の手続きをしようと思い、タクシーの運転手と電光掲示板の前に立ってフライトの確認をしたが、乗る予定の便が表示されていない。
運「あー、飛ばないねー。 」
やばい・・・・。
天気が良かったので、飛行機が飛ばないなんて全く考えていなかった。
運「ちょっと聞いてみるか、一緒に行こう。」
運転手の後をついて空港職員に話を聞きにいくと、15時に変更になったとまるで口笛を吹くかのように自然に言われる。
日常的なことなのかもしれないが、こっちとしてはたまったものではない。
人間困った事や想像していなかった事が起きた時には自然と天を仰いでしまうものだが、まさに天を仰いで茫然としてしまった5秒後には徳川家康が言っていた事を思い出した。
人生に大切なことは、五文字で言えば「上を見るな」。七文字で言えば「身のほどを知れ」だ。
そう今は天を仰いでいる場合ではなく、今現在の状況の中で最善の行動を取るしかないのである。
どうしたもんかと考えていると、運転手が遅延の交渉をしに行こうとマダカスカル航空のカウンターに連れて行かれる。
話を聞いてみると、遅延のお詫びとしてチェックインすれば朝食をサービスしてくれるとの事。
5:50の飛行機に乗るために空港に着たので現在4:30。
朝食を食べたところで10時間は空港にいなければならない。
なかなかエッジの効いた提案であるが、冗談ではない。
タクシーに乗り込み宿に帰ってもらおうと思ったが、運転手からこんな提案があった。
「君はもうチェックアウトをしてしまったからもう一泊分の宿泊料金を払わなければならないだろうと思う。値段だって高いし、予定がないのであればウチに泊まってくか?ご飯も出すよ?空港からも近いし。」
これを聞いた僕は飛びつきそうになったが、冷静に考えてみた。
マダガルカルの民家に止まれる機会なんて早々あるわけなんてないし、こんなウルルン的な経験は買ってでもしたかったのは間違いない。
だが、運転手の家は街中にあるわけではなく周囲には何も無いとの事だった。
何も無いことも魅力と言えば魅力だし寝転がった後で、余った時間は子供と適当に遊んでいるのもいいかと思った。
昨日宿に泊まった時に強引に宿代をまけてもらっていたので、再チェックインはディスカウント出来ないであろう事も解っていた。
ただ、アンタナナリボの町並みを未だにちゃんと見ていなかった事もあり、苦渋の選択ではあったが宿に戻ってもらった。
宿に戻り、予想通り1泊分の40000Ar払って、数時間の睡眠を取った後で飯を喰うがてら街に繰り出すことにした。

独立大通り沿いにあるアナラケリー・マーケット

アンタナナリボのアナラケリ-・マーケットには物乞いの子供たちがチラホラといる。

物乞いの子供たちは他の国と比べて尋常じゃないほど強烈に臭い。
もともとお金を上げる気のない僕は相手にしないで歩いていたが、金をくれとしつこい事この上ない。
金がないと言うと、ATMを指差して金をくれと言ってくる。
ここまで厚かましい物乞いの子供は未だかつて会ったことが無かった。
こちらは国旗を売る少年。

写真を撮っていると、
「国旗を買うか?」
と聞いてきた少年がいた。
働く男としては見習わなければならない点もあるのかもしれないが、脳みそを一晩ハイターに漬けて置いて欲しい気持ちになった。
適当に時間を潰し、再び空港に向かう。
電光掲示板を見ると、15:00となっている。
タクシーの運転手に別れを告げた後、チェックインをして出発ロビーで飛行機を待つ事にした。
ただ、出発ロビーには自分以外には誰もいない。現在、出発時間の2時間前なのでロビーには何人かいてもよそそうなものである。
マダガスカル人は時間にルーズなのかと思いながら本を読んでいたが、本を読んでいるうちにトイレに行きたくなったので、搭乗券をしおり代わりに本に挟むついでになんとなく搭乗券を見ると、18:10出発と印刷されている。驚いて空港職員に出発時刻を尋ねると18:10だと言われる。
現在13:30.出発まで5時間近くもある。
アンタナナリボの出発ロビーは、他の似たような経済水準の国の空港と同様に椅子しかない。
フードコートのようなものは存在するわけも無く、喫煙所も無い。
空港職員に交渉をして、一度外に出ることにした。
得にすることもあるわけではないのだが、売店で飲み物やお菓子を買ったり、本を読んだり煙草を吸いながら適当に時間を潰していたのだが、売店で買ったチョコをかじりながら歩いている時に大変なことに気づいた。
さっきまで本にしおり代わりに挟んであった筈の搭乗券が無い。
血の気が引いた。
売店に早足で戻り、床をくまなく探した。
明らかに不審な行動をするツーリストの僕にに売店の店員が話しかけてきた。
「どうしました?」
事情を説明し、一緒に床をくまなく見たが搭乗券は無い。
空港内の歩いた場所をくまなく探したが、搭乗券は無い。
観念して、カウンターに行ってチケットを再発行して貰った。
その際に、空港職員はやたらとせわしない様子で出発ロビーのほうを指差している。
中に入っていろと言っているのだと思い、素直に従った。
僕自身も再発行して貰ったチケットをウロウロしてもう一度再再発行するのだけは避けたかったので出発ロビーに向かった。
出発ロビーの電光掲示板をなんとなく見ると僕の乗る予定の飛行機が点滅をしている。
搭乗便が点滅をしている時は搭乗が始まっている時である。
しかし、僕の搭乗券には18:10と印字されている。
出発まではあと3時間はあるはずである。
なんだろうと思いながら、一応手搭乗続きをしている職員に話しかけるともう出発するから早く行けと言われる。
そう、チケットを再発行した時に空港職員が焦っていたのは搭乗手続きが今まさに終わろうとしていたからだったのである。
疑いを持ちながら飛行機に乗り込み、CAにこのチケットはこの飛行機なのかと聞くと当然だと言った感じで笑われてしまった。
1時間ほどでモロンダバに到着。
空港でタバコを吸いながらタクシーの客引きと適当に話をする。
話をしていた客引きに煙草をあげたら、俺も俺もとなってしまい全員に配り終わると気がつくと一箱丸まるあげてしまっていた。
僕を中心に円陣を組むような形で人が集まってしまったので簡単な日本語講座を開いた後で、ロンリープラネットに載っていたゲストハウスTrecicogneに向かってもらった。
宿まではタクシーで15000Ar。
それにしても暗い、まだ17:00くらいなのに・・・。
街灯もあることにはあるのだが、懐中電灯無しでは歩けない暗さだ。
そして何も無いのどかな街並みだ。
宿につくまでの間、タクシーの運転手がヴェズ族の漁村のベタニアまでのピローグと呼ばれる木をくり貫いた船で行こうと勧誘してくる。
値段は25000Ar。
それなりの値段だったので、デポジットとして10000Arを払って明日の朝に船に乗せて貰う約束をした。
泊まろうと思っていたTrecicogneはロンリープラネットでは25000Arと書いてあったが、39500Arだった。
当初の予算よりもオーバーな気もしたが、部屋を見て納得してしまった。
快適なのだ。

ファン付きで、蚊帳付き。

こんな感じの

素敵なバンガロー。
チェックインが終わった頃には街は真っ暗になっていたので特に出歩く事もせずに、宿のレストランで夕食を済ます。

ただ、蚊が多いので刺されまくる。
パスタ 10000Ar
バナナフランベ 5000Ar
ビール大瓶サイズ 3000Ar
翌日に備えて蚊取り線香を炊いて眠りに落ちる。
今日は6:50発のモロンダバ行きの飛行機に乗り、バオバブ街道の最寄のモロンダバに行く予定だった。
モロンダバはマダガスカル西部ではトゥリアーラに次ぐ第二の都市でモロンダバの近くには、バオバブの並木道として知られるバオバブ群生地があり、バオバブ並木道を訪れる拠点となる街である。
この地域には漁労民のウェズ族も多く、彼らが操る帆船や、ピローグと呼ばれる丸木船なども目にすることが出来る。
僕は、前日に空港から宿まで送ってもらったタクシーの運転手に、昨日のうちに宿から空港まで送ってもらう約束をしていた。
40000Arで空港に向かう。
まだ眠い目を擦りながら空港で搭乗の手続きをしようと思い、タクシーの運転手と電光掲示板の前に立ってフライトの確認をしたが、乗る予定の便が表示されていない。
運「あー、飛ばないねー。 」
やばい・・・・。
天気が良かったので、飛行機が飛ばないなんて全く考えていなかった。
運「ちょっと聞いてみるか、一緒に行こう。」
運転手の後をついて空港職員に話を聞きにいくと、15時に変更になったとまるで口笛を吹くかのように自然に言われる。
日常的なことなのかもしれないが、こっちとしてはたまったものではない。
人間困った事や想像していなかった事が起きた時には自然と天を仰いでしまうものだが、まさに天を仰いで茫然としてしまった5秒後には徳川家康が言っていた事を思い出した。
人生に大切なことは、五文字で言えば「上を見るな」。七文字で言えば「身のほどを知れ」だ。
そう今は天を仰いでいる場合ではなく、今現在の状況の中で最善の行動を取るしかないのである。
どうしたもんかと考えていると、運転手が遅延の交渉をしに行こうとマダカスカル航空のカウンターに連れて行かれる。
話を聞いてみると、遅延のお詫びとしてチェックインすれば朝食をサービスしてくれるとの事。
5:50の飛行機に乗るために空港に着たので現在4:30。
朝食を食べたところで10時間は空港にいなければならない。
なかなかエッジの効いた提案であるが、冗談ではない。
タクシーに乗り込み宿に帰ってもらおうと思ったが、運転手からこんな提案があった。
「君はもうチェックアウトをしてしまったからもう一泊分の宿泊料金を払わなければならないだろうと思う。値段だって高いし、予定がないのであればウチに泊まってくか?ご飯も出すよ?空港からも近いし。」
これを聞いた僕は飛びつきそうになったが、冷静に考えてみた。
マダガルカルの民家に止まれる機会なんて早々あるわけなんてないし、こんなウルルン的な経験は買ってでもしたかったのは間違いない。
だが、運転手の家は街中にあるわけではなく周囲には何も無いとの事だった。
何も無いことも魅力と言えば魅力だし寝転がった後で、余った時間は子供と適当に遊んでいるのもいいかと思った。
昨日宿に泊まった時に強引に宿代をまけてもらっていたので、再チェックインはディスカウント出来ないであろう事も解っていた。
ただ、アンタナナリボの町並みを未だにちゃんと見ていなかった事もあり、苦渋の選択ではあったが宿に戻ってもらった。
宿に戻り、予想通り1泊分の40000Ar払って、数時間の睡眠を取った後で飯を喰うがてら街に繰り出すことにした。

独立大通り沿いにあるアナラケリー・マーケット

アンタナナリボのアナラケリ-・マーケットには物乞いの子供たちがチラホラといる。

物乞いの子供たちは他の国と比べて尋常じゃないほど強烈に臭い。
もともとお金を上げる気のない僕は相手にしないで歩いていたが、金をくれとしつこい事この上ない。
金がないと言うと、ATMを指差して金をくれと言ってくる。
ここまで厚かましい物乞いの子供は未だかつて会ったことが無かった。
こちらは国旗を売る少年。

写真を撮っていると、
「国旗を買うか?」
と聞いてきた少年がいた。
働く男としては見習わなければならない点もあるのかもしれないが、脳みそを一晩ハイターに漬けて置いて欲しい気持ちになった。
適当に時間を潰し、再び空港に向かう。
電光掲示板を見ると、15:00となっている。
タクシーの運転手に別れを告げた後、チェックインをして出発ロビーで飛行機を待つ事にした。
ただ、出発ロビーには自分以外には誰もいない。現在、出発時間の2時間前なのでロビーには何人かいてもよそそうなものである。
マダガスカル人は時間にルーズなのかと思いながら本を読んでいたが、本を読んでいるうちにトイレに行きたくなったので、搭乗券をしおり代わりに本に挟むついでになんとなく搭乗券を見ると、18:10出発と印刷されている。驚いて空港職員に出発時刻を尋ねると18:10だと言われる。
現在13:30.出発まで5時間近くもある。
アンタナナリボの出発ロビーは、他の似たような経済水準の国の空港と同様に椅子しかない。
フードコートのようなものは存在するわけも無く、喫煙所も無い。
空港職員に交渉をして、一度外に出ることにした。
得にすることもあるわけではないのだが、売店で飲み物やお菓子を買ったり、本を読んだり煙草を吸いながら適当に時間を潰していたのだが、売店で買ったチョコをかじりながら歩いている時に大変なことに気づいた。
さっきまで本にしおり代わりに挟んであった筈の搭乗券が無い。
血の気が引いた。
売店に早足で戻り、床をくまなく探した。
明らかに不審な行動をするツーリストの僕にに売店の店員が話しかけてきた。
「どうしました?」
事情を説明し、一緒に床をくまなく見たが搭乗券は無い。
空港内の歩いた場所をくまなく探したが、搭乗券は無い。
観念して、カウンターに行ってチケットを再発行して貰った。
その際に、空港職員はやたらとせわしない様子で出発ロビーのほうを指差している。
中に入っていろと言っているのだと思い、素直に従った。
僕自身も再発行して貰ったチケットをウロウロしてもう一度再再発行するのだけは避けたかったので出発ロビーに向かった。
出発ロビーの電光掲示板をなんとなく見ると僕の乗る予定の飛行機が点滅をしている。
搭乗便が点滅をしている時は搭乗が始まっている時である。
しかし、僕の搭乗券には18:10と印字されている。
出発まではあと3時間はあるはずである。
なんだろうと思いながら、一応手搭乗続きをしている職員に話しかけるともう出発するから早く行けと言われる。
そう、チケットを再発行した時に空港職員が焦っていたのは搭乗手続きが今まさに終わろうとしていたからだったのである。
疑いを持ちながら飛行機に乗り込み、CAにこのチケットはこの飛行機なのかと聞くと当然だと言った感じで笑われてしまった。
1時間ほどでモロンダバに到着。
空港でタバコを吸いながらタクシーの客引きと適当に話をする。
話をしていた客引きに煙草をあげたら、俺も俺もとなってしまい全員に配り終わると気がつくと一箱丸まるあげてしまっていた。
僕を中心に円陣を組むような形で人が集まってしまったので簡単な日本語講座を開いた後で、ロンリープラネットに載っていたゲストハウスTrecicogneに向かってもらった。
宿まではタクシーで15000Ar。
それにしても暗い、まだ17:00くらいなのに・・・。
街灯もあることにはあるのだが、懐中電灯無しでは歩けない暗さだ。
そして何も無いのどかな街並みだ。
宿につくまでの間、タクシーの運転手がヴェズ族の漁村のベタニアまでのピローグと呼ばれる木をくり貫いた船で行こうと勧誘してくる。
値段は25000Ar。
それなりの値段だったので、デポジットとして10000Arを払って明日の朝に船に乗せて貰う約束をした。
泊まろうと思っていたTrecicogneはロンリープラネットでは25000Arと書いてあったが、39500Arだった。
当初の予算よりもオーバーな気もしたが、部屋を見て納得してしまった。
快適なのだ。

ファン付きで、蚊帳付き。

こんな感じの

素敵なバンガロー。
チェックインが終わった頃には街は真っ暗になっていたので特に出歩く事もせずに、宿のレストランで夕食を済ます。

ただ、蚊が多いので刺されまくる。
パスタ 10000Ar
バナナフランベ 5000Ar
ビール大瓶サイズ 3000Ar
翌日に備えて蚊取り線香を炊いて眠りに落ちる。
マダガスカルその1 バンコク~アンタナナリヴ
羽田発0:20の飛行機に乗り、バンコクに向かう。
マダガスカルに行くには、何種類かルートがあるが、バンコクからはマダガスカルまでの直行便が出ている。
僕はこのルートでマダガスカルに向かうのだが、バンコクでのトランジット(待ち時間)が13時間あるチケットを買っていた。
最悪な事に、バンコク到着は4:30だ。
空港内で時間を潰そうにもそんな早い時間から営業をしている店は少ない。
仕方がないので一度空港から出て、バンコクのカオサンで安宿を取って仮眠を取ったり、パッタイ(やきそば)を食べたり、タイマッサージを受けて時間を潰すことにしようと思っていた。
タクシーに乗って、カオサン通りで降ろしてもらう。

まだ早朝なので、人通りが少ないカオサン。
ご飯を食べようにも店もまだやっていないので、宿をNat Guest Houseに決めて仮眠をする。

180バーツでファン付きトイレ・シャワー共同。日本円で換算すると、500円くらい。

シングルベット一つ置けるだけの広さの部屋だが、仮眠を取るだけなので問題はない。
少し寝た後で、ご飯を食べるついでに散歩をする。

カオサンには前にも一度来たことがあるので地図もなんとなく頭に入っているので歩いていて懐かしさもあったし、東南アジア特有の蒸せ返るような暑さではあったが楽だった。
始めて訪れる国は得てして様々な種類のストレスを自分が感じていないと思っても実際のところは無意識に削られるものだ。ドーパミンとノルアドレナリンが同時に大量に分泌される事に対して、普段と異なる大量受注に体が対応しきれずに分別不可能な悲鳴を上げてしまうのだろう。
カオサンはバックパッカーの溜まり場として有名で、昔は治安が悪かったのだが今はツーリストポリスが通りを常時パトロールしていて、危険な雰囲気はない。
昔がどんな感じだったか解りやすく言うと、映画【ザ・ビーチ】でディカプリオがビーチに行く前に泊まっていたのがカオサンの宿だったりする。
パッタイを食べてその後もフラフラと散歩をしたが、

マッサージ店の開店まで時間があったので宿に戻って、ベッドに横になって本を読んでいるうちに寝てしまい、宿を出なければいけない時間になってしまった。
空港に向かい、その後飛行機に搭乗し、22:15にマダガスカルの首都アンタナナリボに着いた。
アンタナナリボに着くのが夜遅い時間という事もあって、僕は日本で宿の予約をしていた。
マダガスカルの事を日本で調べている時に、アンタナナリボは宿の数が少なく慢性的に満室状態だと血の気が引くような情報を見つけてしまっていたからだ。
バックパッカーなんて着の身着のまま宿も決めずに行くものなんじゃないかと思う人もいるかと思うかもしれないが、経験上、夜中に飛行機が着いた時に、宿探しをするのは結構疲れるものなのだ。
さらに雨が降っていた場合などは、荷物の詰まった重いバックパックを背負ったまま宿を何件も探して回るのは非常に辛い。
それが醍醐味がといった意見あるだろう。
しかい僕は次の日に5:50発のモロンダバ行きの飛行機のチケットを取っていた。空港までの往復の時間を考えると宿の滞在時間は正味4・5時間。この4・5時間を宿探しで費やすのはあまりにももったいない。
そこで、ネットででめぼしい宿を探してメールを送りまくった。
・・・が、メールで宿が空いているか確認をしてもメールが返ってこなかったり満室だったりする。
やっと返ってきたメールの文章も英語の中にフランス語の単語が混じっていたりして内容を理解するのが非常に面倒だったりもする。
その中で1件だけ空いていた宿、ホテル・サン・ジェルマンがあったので迷わず飛びついた。
さらには、空港からホテルまでのピックアップもしてくれるとあったのでお願いをしていた。
準備は万全のはずだったのだが、空港に着くと予想はしていたのだが迎えが来ていない。
すると、どこの国に行っても恒例行事のタクシー運転手の売り込みに見舞われる。
とりあえず、両替を済ます。

851000Ar=37000円
財布がパンパンに膨れ上がる。
群がるドライバー達の間を押しのけて喫煙所で煙草を吸いながら話を聞いていると、今日の便はもう最終だから今迎えが来ていないのだったらもう来ないとの事だった。
適当に世間話をした感じで悪い感じはしなかったので、予約をしていた宿まで乗せてもらう事にした。
料金は40000Ar(アリアリ)・・・100Ar=4円くらい。
平均的なツーリスト料金だ。
宿に着くまで、タクシーの運転手と明日の予定などのお決まりの話をしながら街灯がほとんど無い真っ暗なアンタナナリボの街並みを眺めていた。
すると、その暗闇の中でお互いの服を掴みあって喧嘩をしている若者たちがいた。
「あー、酔っ払いだよ、若い奴等だ。しょうがないな・・・。」
と、運転手。
差別的な意味合いは全く無いのだが、暗闇の中で黒人が喧嘩をしているのは迫力がある。
肌が黒いので暗闇の中ではほかの人種と比べて全体を把握しづらく、凶暴感が3割り増しくらいに見えるのだ。
その、2分後。
また喧嘩をしているのを見つけてしまった。
「あれも酔っ払いだ。」
呆れ顔で溜息混じりに首を左右に振る運転手。
さっきよりも派手に喧嘩をしている。
そしてこう思った。
治安悪くねぇ?
街全体が馳星周や、北方謙三あたりが喜びそうなハードボイルド感を感じる。
今まで行った国も治安が悪いなどと言われていた国もあったが、こんな頻度で喧嘩を見ることは無かった。
街頭の暗さなどのインフラは、ミャンマーも同じように暗かったがこのような香ばしさは無かった。
頭の中で夜中は街中を歩くなと大音量で警鐘が鳴っていた。
頭の中に流れているBGMはいつの間にか伊藤久男の【父よあなたは強かった】に変わっていた。
そうこうしている内に、ホテル・サン・ジェルマンに着いた。
予約は当然の如く取れていなかったが、空き部屋があったのでチェックインすることが出来た。
1泊41000アリアリと言われたが、翌日の早朝に部屋を出ることを伝えて交渉すると、25000アリアリまで値段が下がった。

1泊するだけなら全く問題がない宿。

テレビも付いているし、

ホットシャワーも付いている。
ただ、掛け布団は湿っていた。
南京虫や、ダニがいるかもしれないとも思ったが、疲れていたので湿っていることに気づかないことにした。
部屋に蚊がいたので蚊取り線香を焚いて就寝。
ようやく、マダガスカル旅行が始まった。
マダガスカルに行くには、何種類かルートがあるが、バンコクからはマダガスカルまでの直行便が出ている。
僕はこのルートでマダガスカルに向かうのだが、バンコクでのトランジット(待ち時間)が13時間あるチケットを買っていた。
最悪な事に、バンコク到着は4:30だ。
空港内で時間を潰そうにもそんな早い時間から営業をしている店は少ない。
仕方がないので一度空港から出て、バンコクのカオサンで安宿を取って仮眠を取ったり、パッタイ(やきそば)を食べたり、タイマッサージを受けて時間を潰すことにしようと思っていた。
タクシーに乗って、カオサン通りで降ろしてもらう。

まだ早朝なので、人通りが少ないカオサン。
ご飯を食べようにも店もまだやっていないので、宿をNat Guest Houseに決めて仮眠をする。

180バーツでファン付きトイレ・シャワー共同。日本円で換算すると、500円くらい。

シングルベット一つ置けるだけの広さの部屋だが、仮眠を取るだけなので問題はない。
少し寝た後で、ご飯を食べるついでに散歩をする。

カオサンには前にも一度来たことがあるので地図もなんとなく頭に入っているので歩いていて懐かしさもあったし、東南アジア特有の蒸せ返るような暑さではあったが楽だった。
始めて訪れる国は得てして様々な種類のストレスを自分が感じていないと思っても実際のところは無意識に削られるものだ。ドーパミンとノルアドレナリンが同時に大量に分泌される事に対して、普段と異なる大量受注に体が対応しきれずに分別不可能な悲鳴を上げてしまうのだろう。
カオサンはバックパッカーの溜まり場として有名で、昔は治安が悪かったのだが今はツーリストポリスが通りを常時パトロールしていて、危険な雰囲気はない。
昔がどんな感じだったか解りやすく言うと、映画【ザ・ビーチ】でディカプリオがビーチに行く前に泊まっていたのがカオサンの宿だったりする。
パッタイを食べてその後もフラフラと散歩をしたが、

マッサージ店の開店まで時間があったので宿に戻って、ベッドに横になって本を読んでいるうちに寝てしまい、宿を出なければいけない時間になってしまった。
空港に向かい、その後飛行機に搭乗し、22:15にマダガスカルの首都アンタナナリボに着いた。
アンタナナリボに着くのが夜遅い時間という事もあって、僕は日本で宿の予約をしていた。
マダガスカルの事を日本で調べている時に、アンタナナリボは宿の数が少なく慢性的に満室状態だと血の気が引くような情報を見つけてしまっていたからだ。
バックパッカーなんて着の身着のまま宿も決めずに行くものなんじゃないかと思う人もいるかと思うかもしれないが、経験上、夜中に飛行機が着いた時に、宿探しをするのは結構疲れるものなのだ。
さらに雨が降っていた場合などは、荷物の詰まった重いバックパックを背負ったまま宿を何件も探して回るのは非常に辛い。
それが醍醐味がといった意見あるだろう。
しかい僕は次の日に5:50発のモロンダバ行きの飛行機のチケットを取っていた。空港までの往復の時間を考えると宿の滞在時間は正味4・5時間。この4・5時間を宿探しで費やすのはあまりにももったいない。
そこで、ネットででめぼしい宿を探してメールを送りまくった。
・・・が、メールで宿が空いているか確認をしてもメールが返ってこなかったり満室だったりする。
やっと返ってきたメールの文章も英語の中にフランス語の単語が混じっていたりして内容を理解するのが非常に面倒だったりもする。
その中で1件だけ空いていた宿、ホテル・サン・ジェルマンがあったので迷わず飛びついた。
さらには、空港からホテルまでのピックアップもしてくれるとあったのでお願いをしていた。
準備は万全のはずだったのだが、空港に着くと予想はしていたのだが迎えが来ていない。
すると、どこの国に行っても恒例行事のタクシー運転手の売り込みに見舞われる。
とりあえず、両替を済ます。

851000Ar=37000円
財布がパンパンに膨れ上がる。
群がるドライバー達の間を押しのけて喫煙所で煙草を吸いながら話を聞いていると、今日の便はもう最終だから今迎えが来ていないのだったらもう来ないとの事だった。
適当に世間話をした感じで悪い感じはしなかったので、予約をしていた宿まで乗せてもらう事にした。
料金は40000Ar(アリアリ)・・・100Ar=4円くらい。
平均的なツーリスト料金だ。
宿に着くまで、タクシーの運転手と明日の予定などのお決まりの話をしながら街灯がほとんど無い真っ暗なアンタナナリボの街並みを眺めていた。
すると、その暗闇の中でお互いの服を掴みあって喧嘩をしている若者たちがいた。
「あー、酔っ払いだよ、若い奴等だ。しょうがないな・・・。」
と、運転手。
差別的な意味合いは全く無いのだが、暗闇の中で黒人が喧嘩をしているのは迫力がある。
肌が黒いので暗闇の中ではほかの人種と比べて全体を把握しづらく、凶暴感が3割り増しくらいに見えるのだ。
その、2分後。
また喧嘩をしているのを見つけてしまった。
「あれも酔っ払いだ。」
呆れ顔で溜息混じりに首を左右に振る運転手。
さっきよりも派手に喧嘩をしている。
そしてこう思った。
治安悪くねぇ?
街全体が馳星周や、北方謙三あたりが喜びそうなハードボイルド感を感じる。
今まで行った国も治安が悪いなどと言われていた国もあったが、こんな頻度で喧嘩を見ることは無かった。
街頭の暗さなどのインフラは、ミャンマーも同じように暗かったがこのような香ばしさは無かった。
頭の中で夜中は街中を歩くなと大音量で警鐘が鳴っていた。
頭の中に流れているBGMはいつの間にか伊藤久男の【父よあなたは強かった】に変わっていた。
そうこうしている内に、ホテル・サン・ジェルマンに着いた。
予約は当然の如く取れていなかったが、空き部屋があったのでチェックインすることが出来た。
1泊41000アリアリと言われたが、翌日の早朝に部屋を出ることを伝えて交渉すると、25000アリアリまで値段が下がった。

1泊するだけなら全く問題がない宿。

テレビも付いているし、

ホットシャワーも付いている。
ただ、掛け布団は湿っていた。
南京虫や、ダニがいるかもしれないとも思ったが、疲れていたので湿っていることに気づかないことにした。
部屋に蚊がいたので蚊取り線香を焚いて就寝。
ようやく、マダガスカル旅行が始まった。
旅行準備編2
黄熱病の予防注射をした次の日から早速と言うか副作用と思われる症状が現れた。
とにかく常に寒気がするのである。
皆さんも経験があるかもしれないが、風邪をひいて高熱が出る前の
「あー、こりゃ熱が出るな」
という寒気が波のように襲ってくる。
ちょっとでも運動したりだとか、雨に濡れたりでもしただけでも波に呑まれてあっという間に海難事故に発展しそうなのだ。
注射をした次の日は仕事だった。
体温計で熱を測ると36.7℃近辺をウロウロしている。
副作用なんだろうか・・・。
黄熱病注射を出来る注射をネットで検索している時にたまたま見つけ、ついつい読んでしまったブログでは高熱が1週間くらい続いている人もいた。
こうなってしまっては非常にまずい。
旅行に行く前から仕事に穴を開けた上、さらに旅行から帰って来た時には真っ黒に日焼けをしている自分の姿を思い浮かべるだけで精神的な頭痛がしてくる。
とりあえず僕は病院に勤務しているので、話の聞きやすいドクターに事情を説明した。
「あのー、仕事のことではないんですがちょっと聞きたいことがありまして・・・」
「・・・何?」
僕の神妙な顔つきに対してドクターは怪訝そうな顔で返答した。
「実は昨日、黄熱病の予防注射を打ったんですけど常に寒気がしてて体温計で計っても微熱があるような無いような感じなんですよね・・・。熱が出たら受診するように言われてるんですけど、これはやはりハッキリと熱が出てから受診するべきなんですかね・・・、のども痛いんですけど・・・」
「黄熱病!!!???解らないよー、黄熱病患者なんて見た事がないもの。」
やはり予想通りの答えが返ってきた。
「でも、まぁ、ちょっと待ってね」
パソコンに向かってGoogleで黄熱病と打ち込むドクター。
僕の視界に移るパソコンは昨日見たばかりのページが昨日と同じような順番で当然の如くHITしている。
「先生、昨日僕なりにネットで調べられることは調べたんですけど解らなかったんです。」
「そうかー。」
インターネットでの検索は、医療界の日常業務でも当然のように浸透していて、珍しい症例や自分の知識が足りていない症例などに直面した際には当然のようにネットで検索をする。
要領さえ心得ていれば、なによりも効率的に情報を手に入れられるし、調べたい単語とPDFで検索を行えば自分が知りたい内容の論文は簡単に読むことも出来る。
仕事の経験上、すでに前日にそれを行っていた。
僕が知りたかったのは以下のようなことだった。
・のどが痛い。
薬を飲みたいのだが風邪なのか副作用なのか解らないし、風邪薬を飲んだことで予防接種の効き目に変わりがあったりするものだろうか。
・熱っぽい感じがするし経験上、高熱に発展していく雰囲気がある寒気がする。
・受診するべきか。
これらの僕の質問に対してのドクターの答えは非常に的を得たものだった。
・ワクチンが風邪薬に負けてしまうとは考えにくいので問題無い。
・風邪薬を飲みつつ熱が上がったら受診をする
というものだった。
それからの一週間は寒気が続き、耳下腺がゴルフボールくらい腫れるなんて奥行きのある体調ではあったものの心配していた高熱にはどうにか襲われずに済んだ。
さて、この体調不良での1週間の間にも旅行の準備は少しだけしていた。
とは言っても単に、エチオピアの情報収集をしていただけなのだがどうしても気になることがあった。
治安。
地球の歩き方の安全情報から抜粋すると、
『得にここ数年で一挙に凶悪化。睡眠薬強盗に始まり、強盗の集団化、果てはピストル強盗までと多様化をみせている。』
などと書いてある。
さらには、
『以前こういった犯罪は、犯人が逃げやすい下町地域付近、住宅密集地の路地、川岸、人気の少ない郊外で発生することが多かったが、現在は高級商店街であろうが、大通りであろうが関係なく起こっている。17:00頃、得に週末や祝日などが狙われていたが、現在は白昼同道と人通りが多い時間でも強盗事件が多発している。また、ひとりを10~30人が襲ったり、しかもナイフを持っていたりする場合もあるので、周りの人々も何の助けも出来ない状況だ』
危ないじゃないか・・・。
信号機の故障した交差点で武田修弘の手信号を信用して道路を渡るよりも確実に危ない。
世の中にはこんな鬼っ子のような国もまだ存在するのだ。
こんな香ばしい情報を頭に入れつつもう一度根本的に旅行先を洗い直そうと思った。
実を言うと僕は旅行の際には達成感として求めるモノがある。
疲れることだ。
疲れないとどうしても旅行をした気分になれないのだ。
これでも今まで一応バックパッカーとして旅行をしてきたのだが、そのせいで
旅行=疲れること
と脳にインプットされてしまっている。
一度行ってみたかった沖縄旅行をした時には言葉も日本語だし、食事にもストレスを感じないので旅行をした気分になれなかった。
エチオピアは疲れることは間違いないが、これと言って見たい物もない。
アフリカに行きたいことは行きたいが、サバンナとかの国立公園にも全く興味がない。
どうしようかとあれこれ考えていたところ、そういえば昔、バオバブの木を見てみたいなぁーと思ったことがあった。
バオバブとは、サン・テグジュペリの『星の王子さま』で、星を破壊する巨木として描かれている木である。
アフリカではわりとどこの国に行っても生えていたりするのだが、マダガスカルにはバオバブの並木道と呼ばれるバオバブが道沿いにたくさん生えている。
マダガスカルの人達の写真をネットで調べてみるといい笑顔で移っている人が多い・・・気がする・・・。
よし、ここにしよう。
チケットを予約し、ビザを申請し準備を整えた。
マダガスカルは黄熱病の予防接種の必要は無かったが、有効期限の10年の間にアフリカには行くと思うので問題ない。
そしてバックパックを新調した。
実は今まで長年使っていたバックパックの型紐を調節するプラスチックが前回の旅行で割れてしまっていた。
今まで、台湾、カンボジア、ミャンマー、タイ、ラオス、インド、チュニジア、メキシコを共に旅行してきたバックパックだっただけに非常に愛着があったが、前回メキシコ旅行のときに割れてしまった。
いや、正確に言うとメキシコに行く前の成田空港で割れてしまった。
オープン戦の一回表に盗塁成功したものの、捕手の送球をヘルメットの上から左側頭部に受け、そのまま交代してしまうようなものだ。
バックパックで旅行をするときに必要なのは経験上、
丈夫な事
鍵がかけやすい事
容量(収納力)
この2点が非常に重要であると思っています。
これを考慮した結果、ノースフェイスのプロフィット52を購入しました。

海外旅行をする時に、僕の場合は50ℓは間違いなく必要です。
機内持ち込みの実際の持ち込み可能な容量は、経験上50ℓくらいです。
国際線ではどこの航空会社でも問題なく持ち込めますが、旅行先の海外の国内線では搭乗券を発行する際に引っかかる事も割りとありますが、その際には英語がわからない感じでキャリーオンバケージと繰り返し言い続けるか、強気な態度で話をすれば正直なところ押し切れます。
その結果、座席の上にあるキャビネットに入らない場合もあります。
僕は、確かミャンマーの国内線でキャビネットが閉まらずにスチュワーデスさんの座席の足元の荷物を置いてフライトをしたこともあります。
そして、素材が丈夫であること。
バスなどで移動をする際には荷物がナイフで切られて中の物が盗まれるなんて事があります。
その点このバックパックは、NORTH FACEのHPで確認すると、このようなマークが着いています。

高強度のボンバスティック™コーデュラ®ナイロンファブリックと言った説明がされています。
ボンバスティックという名の通り、手榴弾などの爆発にも耐えられるくらいの強度を備えている・・・と言いたいくらいの強度があるそうです。
これならナイフなどの刃物にも強そうだ。
最近のバックパックは軽量、防水透湿素材やらで触った感じからして弱そうなものが多い。
大容量のバックパックは登山用の物が多いので仕方がないのかもしれないが、この点でもこのバックパックは合格点だ。
そして、鍵がかけやすい事。
バックパックの中の物を盗まれないように、そしてバックパック自体を盗まれないように宿に泊まった際にはバックパックをワイヤーでグルグル巻きして、ベットの足などに固定をする。

写真のようにバックパックを完全に包み込むような物も売っているのだが、ここまでの物を必要としたことがないので、僕は普通のワイヤーロックを持っていっている。
このワイヤーロックを通し、かつワイヤーロックを使ったときに中に入っているものを盗みにくいバックパックはあまり無い。
50ℓクラスは、元々が登山用に作られているものが多いので、シンプルで高機能みたいな概観のものが多い。ワイヤーを引っ掛けられそうな所が下手をすると一つも無かったりする。
この点でも僕の買ったプロフィット52は合格点だった。
バックパックの購入も済み、残るところはマダガスカルの情報収集だった。
ネットで調べてもマダガスカルの旅行情報は、ツアーで行っている人や、もしくは1ヶ月くらいのゆったりとした旅行をしている人の情報などが多く見られた。
地球の歩き方のマダガスカルは購入することができるのだが、情報量としては少ない。
ロンリープラネットを買おうと思ったが、書店で買うと、4000~5000円くらいの非常に高いものになってしまう。
ネットで調べると、下記のアドレスで格安で買えることが分かった。
http://shop.lonelyplanet.com/madagascar/madagascar-and-comoros-travel-guide-6
もちろん、すべて英語だがChapterごとの購入も出来るし格安で購入できるので自分の行く地域だけ購入すればよいのだ。そして、さらにPDFでダウンロード出来るのでi-padに入れて持ち運びも出来る。なんて便利な世の中になったのだろう。
当然ここで、ロンリープラネットの購入をして情報収集を行った。
ロンリープラネットを一度でも使った方はすでにご存知かもしれないが、やはり情報量としては素晴らしい。
僕の行きたかったバオバブ街道においては、クァッドバイクでバオバブ街道を訪れるツアーなども紹介されている。
僕は、チュニジアでサハラ砂漠をクワッドバイクで走って以来、その魅力の虜になっていた。
クワッドバイクで目的地まで行くことに非常に魅力を感じていたのだ。
バオバブを見に行くなら、クァッドバイクだとこの瞬間に心が決まってしまった。
が、その後これが険しい道のりになることはその時はまだ気づいていなかったのである。
とにかく常に寒気がするのである。
皆さんも経験があるかもしれないが、風邪をひいて高熱が出る前の
「あー、こりゃ熱が出るな」
という寒気が波のように襲ってくる。
ちょっとでも運動したりだとか、雨に濡れたりでもしただけでも波に呑まれてあっという間に海難事故に発展しそうなのだ。
注射をした次の日は仕事だった。
体温計で熱を測ると36.7℃近辺をウロウロしている。
副作用なんだろうか・・・。
黄熱病注射を出来る注射をネットで検索している時にたまたま見つけ、ついつい読んでしまったブログでは高熱が1週間くらい続いている人もいた。
こうなってしまっては非常にまずい。
旅行に行く前から仕事に穴を開けた上、さらに旅行から帰って来た時には真っ黒に日焼けをしている自分の姿を思い浮かべるだけで精神的な頭痛がしてくる。
とりあえず僕は病院に勤務しているので、話の聞きやすいドクターに事情を説明した。
「あのー、仕事のことではないんですがちょっと聞きたいことがありまして・・・」
「・・・何?」
僕の神妙な顔つきに対してドクターは怪訝そうな顔で返答した。
「実は昨日、黄熱病の予防注射を打ったんですけど常に寒気がしてて体温計で計っても微熱があるような無いような感じなんですよね・・・。熱が出たら受診するように言われてるんですけど、これはやはりハッキリと熱が出てから受診するべきなんですかね・・・、のども痛いんですけど・・・」
「黄熱病!!!???解らないよー、黄熱病患者なんて見た事がないもの。」
やはり予想通りの答えが返ってきた。
「でも、まぁ、ちょっと待ってね」
パソコンに向かってGoogleで黄熱病と打ち込むドクター。
僕の視界に移るパソコンは昨日見たばかりのページが昨日と同じような順番で当然の如くHITしている。
「先生、昨日僕なりにネットで調べられることは調べたんですけど解らなかったんです。」
「そうかー。」
インターネットでの検索は、医療界の日常業務でも当然のように浸透していて、珍しい症例や自分の知識が足りていない症例などに直面した際には当然のようにネットで検索をする。
要領さえ心得ていれば、なによりも効率的に情報を手に入れられるし、調べたい単語とPDFで検索を行えば自分が知りたい内容の論文は簡単に読むことも出来る。
仕事の経験上、すでに前日にそれを行っていた。
僕が知りたかったのは以下のようなことだった。
・のどが痛い。
薬を飲みたいのだが風邪なのか副作用なのか解らないし、風邪薬を飲んだことで予防接種の効き目に変わりがあったりするものだろうか。
・熱っぽい感じがするし経験上、高熱に発展していく雰囲気がある寒気がする。
・受診するべきか。
これらの僕の質問に対してのドクターの答えは非常に的を得たものだった。
・ワクチンが風邪薬に負けてしまうとは考えにくいので問題無い。
・風邪薬を飲みつつ熱が上がったら受診をする
というものだった。
それからの一週間は寒気が続き、耳下腺がゴルフボールくらい腫れるなんて奥行きのある体調ではあったものの心配していた高熱にはどうにか襲われずに済んだ。
さて、この体調不良での1週間の間にも旅行の準備は少しだけしていた。
とは言っても単に、エチオピアの情報収集をしていただけなのだがどうしても気になることがあった。
治安。
地球の歩き方の安全情報から抜粋すると、
『得にここ数年で一挙に凶悪化。睡眠薬強盗に始まり、強盗の集団化、果てはピストル強盗までと多様化をみせている。』
などと書いてある。
さらには、
『以前こういった犯罪は、犯人が逃げやすい下町地域付近、住宅密集地の路地、川岸、人気の少ない郊外で発生することが多かったが、現在は高級商店街であろうが、大通りであろうが関係なく起こっている。17:00頃、得に週末や祝日などが狙われていたが、現在は白昼同道と人通りが多い時間でも強盗事件が多発している。また、ひとりを10~30人が襲ったり、しかもナイフを持っていたりする場合もあるので、周りの人々も何の助けも出来ない状況だ』
危ないじゃないか・・・。
信号機の故障した交差点で武田修弘の手信号を信用して道路を渡るよりも確実に危ない。
世の中にはこんな鬼っ子のような国もまだ存在するのだ。
こんな香ばしい情報を頭に入れつつもう一度根本的に旅行先を洗い直そうと思った。
実を言うと僕は旅行の際には達成感として求めるモノがある。
疲れることだ。
疲れないとどうしても旅行をした気分になれないのだ。
これでも今まで一応バックパッカーとして旅行をしてきたのだが、そのせいで
旅行=疲れること
と脳にインプットされてしまっている。
一度行ってみたかった沖縄旅行をした時には言葉も日本語だし、食事にもストレスを感じないので旅行をした気分になれなかった。
エチオピアは疲れることは間違いないが、これと言って見たい物もない。
アフリカに行きたいことは行きたいが、サバンナとかの国立公園にも全く興味がない。
どうしようかとあれこれ考えていたところ、そういえば昔、バオバブの木を見てみたいなぁーと思ったことがあった。
バオバブとは、サン・テグジュペリの『星の王子さま』で、星を破壊する巨木として描かれている木である。
アフリカではわりとどこの国に行っても生えていたりするのだが、マダガスカルにはバオバブの並木道と呼ばれるバオバブが道沿いにたくさん生えている。
マダガスカルの人達の写真をネットで調べてみるといい笑顔で移っている人が多い・・・気がする・・・。
よし、ここにしよう。
チケットを予約し、ビザを申請し準備を整えた。
マダガスカルは黄熱病の予防接種の必要は無かったが、有効期限の10年の間にアフリカには行くと思うので問題ない。
そしてバックパックを新調した。
実は今まで長年使っていたバックパックの型紐を調節するプラスチックが前回の旅行で割れてしまっていた。
今まで、台湾、カンボジア、ミャンマー、タイ、ラオス、インド、チュニジア、メキシコを共に旅行してきたバックパックだっただけに非常に愛着があったが、前回メキシコ旅行のときに割れてしまった。
いや、正確に言うとメキシコに行く前の成田空港で割れてしまった。
オープン戦の一回表に盗塁成功したものの、捕手の送球をヘルメットの上から左側頭部に受け、そのまま交代してしまうようなものだ。
バックパックで旅行をするときに必要なのは経験上、
丈夫な事
鍵がかけやすい事
容量(収納力)
この2点が非常に重要であると思っています。
これを考慮した結果、ノースフェイスのプロフィット52を購入しました。

海外旅行をする時に、僕の場合は50ℓは間違いなく必要です。
機内持ち込みの実際の持ち込み可能な容量は、経験上50ℓくらいです。
国際線ではどこの航空会社でも問題なく持ち込めますが、旅行先の海外の国内線では搭乗券を発行する際に引っかかる事も割りとありますが、その際には英語がわからない感じでキャリーオンバケージと繰り返し言い続けるか、強気な態度で話をすれば正直なところ押し切れます。
その結果、座席の上にあるキャビネットに入らない場合もあります。
僕は、確かミャンマーの国内線でキャビネットが閉まらずにスチュワーデスさんの座席の足元の荷物を置いてフライトをしたこともあります。
そして、素材が丈夫であること。
バスなどで移動をする際には荷物がナイフで切られて中の物が盗まれるなんて事があります。
その点このバックパックは、NORTH FACEのHPで確認すると、このようなマークが着いています。
高強度のボンバスティック™コーデュラ®ナイロンファブリックと言った説明がされています。
ボンバスティックという名の通り、手榴弾などの爆発にも耐えられるくらいの強度を備えている・・・と言いたいくらいの強度があるそうです。
これならナイフなどの刃物にも強そうだ。
最近のバックパックは軽量、防水透湿素材やらで触った感じからして弱そうなものが多い。
大容量のバックパックは登山用の物が多いので仕方がないのかもしれないが、この点でもこのバックパックは合格点だ。
そして、鍵がかけやすい事。
バックパックの中の物を盗まれないように、そしてバックパック自体を盗まれないように宿に泊まった際にはバックパックをワイヤーでグルグル巻きして、ベットの足などに固定をする。

写真のようにバックパックを完全に包み込むような物も売っているのだが、ここまでの物を必要としたことがないので、僕は普通のワイヤーロックを持っていっている。
このワイヤーロックを通し、かつワイヤーロックを使ったときに中に入っているものを盗みにくいバックパックはあまり無い。
50ℓクラスは、元々が登山用に作られているものが多いので、シンプルで高機能みたいな概観のものが多い。ワイヤーを引っ掛けられそうな所が下手をすると一つも無かったりする。
この点でも僕の買ったプロフィット52は合格点だった。
バックパックの購入も済み、残るところはマダガスカルの情報収集だった。
ネットで調べてもマダガスカルの旅行情報は、ツアーで行っている人や、もしくは1ヶ月くらいのゆったりとした旅行をしている人の情報などが多く見られた。
地球の歩き方のマダガスカルは購入することができるのだが、情報量としては少ない。
ロンリープラネットを買おうと思ったが、書店で買うと、4000~5000円くらいの非常に高いものになってしまう。
ネットで調べると、下記のアドレスで格安で買えることが分かった。
http://shop.lonelyplanet.com/madagascar/madagascar-and-comoros-travel-guide-6
もちろん、すべて英語だがChapterごとの購入も出来るし格安で購入できるので自分の行く地域だけ購入すればよいのだ。そして、さらにPDFでダウンロード出来るのでi-padに入れて持ち運びも出来る。なんて便利な世の中になったのだろう。
当然ここで、ロンリープラネットの購入をして情報収集を行った。
ロンリープラネットを一度でも使った方はすでにご存知かもしれないが、やはり情報量としては素晴らしい。
僕の行きたかったバオバブ街道においては、クァッドバイクでバオバブ街道を訪れるツアーなども紹介されている。
僕は、チュニジアでサハラ砂漠をクワッドバイクで走って以来、その魅力の虜になっていた。
クワッドバイクで目的地まで行くことに非常に魅力を感じていたのだ。
バオバブを見に行くなら、クァッドバイクだとこの瞬間に心が決まってしまった。
が、その後これが険しい道のりになることはその時はまだ気づいていなかったのである。

