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メキシコ旅行 一日目

さて、メキシコ旅行記を書きたいと思います。

7/19 僕の乗る飛行機は17:10成田発でメキシコシティー19:05着。
時計的には2時間でメキシコに着きますが、日本とメキシコの時差は15時間。
つまり、17時間をかけての移動です。

静かな夜道を歩いていて、古い家の近くを通ると、いきなり

「うわん」

という声で驚かされたような衝撃的な足し算。

この事実を飛行機の中で知りました、僕は。

何故かというと、今回の旅行先のメキシコは僕の中で第5、6候補だったのです。

夏休みを取るにあたり、とりあえず押さえられる場所をまず押さえました。

まあ、休みさえ取れれば後は航空券を買えばいいだけだし、俺ってバックパッカーなワケだから後は現地で全部決めれば大丈夫でしょ。

と、高を括っていたんです。

だがしかし、世の中そんなにうまくはいかない。

その航空券が取れない。

アマゾン河を下る事を夢見たブラジルは30万のチケットしかない。
パキスタンにある桃源郷フンザには15万くらいでいけるチケットはあるんだけど、トランジットの関係で何故か移動時間がブラジルに行くのか変わらない。


オカバンゴ・デルタをボートに乗って下るのも考えたが、宿の予約はギッチリと埋まっているらしく断念。

絶対に4世紀くらいの頃から移動が大好きなドイツ人がワールドカップに事欠けて移動しているせいだと思ったが、未来デパートにこの危機的状況を打開できる商品を注文したかったが、手元にカタログが無かったので断念するしかなかった。

よし、じゃあ、前から行ってみたかったテオティワカンを見てみよう。

ってなワケです。

ただ、一つ不安なことがあった。

成田空港に向かう成田エクスプレスに降りた瞬間に6年間愛用していたバックパックの肩紐の長さを調整するプラスチックが割れて砕け散ったのだ。
このプラスチックがないとブラブラになってしまうため、背負うことができない。

これ以上無いくらい幸先が悪い。

なんとか応急処置をしてバックパックは背負えるようになったが、本気で今回の旅行が心配になった。


面倒で先延ばしにしていた今後の予定を飛行機の中で地球の歩き方を熟読し、とりあえず1泊目の宿を決定。
2日目にオアハカに移動し、そこで2泊。
その後のことはその時に考えよう。

旅行をする上で一番面倒なのは計画を立てることだと僕は思っている。
航空券だけ取って予定をキチッキチッと立てていたらツアーと何も変わらないし、面白くもなんとも無い。

それもあって、こうやって予定を先延ばしにしていくワケです。
実際のところは予定を立てるのが面倒なだけなんだけど。


そして17時間後にメキシコシティーに到着。
到着の手続きや両替等もあって、現在20時。

外に出ると雨が降っている。
風まで吹いている。
しかもかなり強めの。


こんな時間から、しかも雨が降っている日に限って宿は見つからない。
さらにこんな異国で雨にも負けて、風にも負けたりでもしたら宮沢賢治に合わせる顔が無い。


そんなの知ったこっちゃないんだなぁ   

みつを



と、耳の奥でこだまがしたような気がしたが、気を取り直して空港でタクシーのチケットを買って安宿がわりと固まっている場所をタクシーの運転手に告げる。


ところが、予想以上に英語が通じない。

運「スペイン語は喋れるか?」

僕「英語だけだ。」

地図とホテル名を指差してその方向に向かってもらう。
納得したような素振りを見せて出発。


出発すると運転手は携帯でしきりに話をしている。

すると、タクシーの運転手は実は全く理解していなかったらしく携帯電話を差し出してくる。

運 「俺の友達は英語がわかるからこいつと話をしてくれ。」

いや、英語もそんなに喋れないんだけどまぁいいか。
拙い英語で自分の泊まりたい宿の説明をするとどうやら運転手も納得したらしく、笑顔で運転をしだした。


宿近辺に着くと、一生懸命に僕が泊まりたいと言った宿を通行人に聞いている。
しばらく、聞き込みをした後で路地裏をグルグルと回っていると運転手の顔に笑みが浮かんだ。

運 「ここなんじゃないか?」

地球の歩き方の写真と見比べてみると、間違いなさそうだ。

満足そうに手を振って運転手は去っていく。

この時思った。

メキシコって実は良い国なんじゃないか。

地球の歩き方なんかを読んでいると、やたらタクシー強盗の話が載っているけどそんな感じも人からも街の雰囲気からもしないしな。
東南アジアなんかで同じように走った日には、余分に走った代と俺は頑張った代を請求されてしまう。
そんな時僕は運転席を蹴っ飛ばして相手を威嚇したり、地面や相手の顔をめがけて金を投げつける。

さらにインドに至ると、着いた後に当初の金額が値上げされた上に頑張った代を請求されるなんてこともある。
運転手と揉めていると人が集まってきて双方の話を聞いた後で、

お前が悪い

なんてなる事すらあり得るのだ。

「裏切りは、女のアクセサリーみたいなもんなんだよ。」

と、ルパンのように夕日を見ながら車を運転しているような状態にはなり得ないのだ。
心理状態としては、

「バッカモーン!そいつがルパンだ。」

と青森の潮来よりも力強く銭形が自分に憑依してしまうのだ。


とりあえず、レセプションに行って、部屋が空いているか確認をすると、空いているらしい。
こんな雨の中宿を求めてウロウロするのだけは避けたかったのでかなり嬉しかった。

メキシコシティーのフリモントという宿。
シングルルーム210ペソを払い、とりあえずチェックイン

フリモント メキシコシティー

日本円で1500円くらい。


こんなに本格的に降ってたらさすがに飯を食う場所を探すのも大変だな。

とりあえず、シャワーを浴びて近くのコンビニに晩飯を買いに行く。

ビールとブリトーを買ってワールドカップのダイジェストを見る。

一日目 晩御飯 ブリトー コンビニ




明日は、早朝からオアハカに移動だ。



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帰国

報告が遅れましたが、日曜に無事に帰国しました。

時間があるときにまとめて旅行記を書きます。

今回の旅行で訪れたオアハカ
オアハカ 地震

で、6月30日に地震がありました。

あと一週間旅行がずれてたら遭遇してました。

旅行運は強いらしく、インドに行った何週間後には爆弾テロがデリーであった。
普通にフラフラ歩いてた場所だったから、時期がズレてたら吹っ飛んでたかもしれなかったし、記憶に新しいミャンマーの暴動では日本人カメラマンが撃ち殺された場所もウロウロ歩いてた場所でした。


メキシコ 面

まあ、とにかく帰国したわけです。

旅立ちますよ、メキシコに

久しぶりに書きます。
ピーターです。

調べてみると前に書いたのが2007年だったんです。
どれだけサボっていたのやら。

2007年はタイとラオスの旅行記を気が向いたら書きます。
・・・と、メッセージを残したまま完全な休筆状態になっていました。

mixiのアルバムにはタイ、ラオスの旅行の写真をアップし、その後に行ったインド、チュニジアの写真もアップしました。


興味のある人はhttp://mixi.jp/show_profile.pl?id=1561408&from=naviからマイミク申請してみてください。

さて、何故久しぶりに書こうかと思ったかといいいますと、夏休みの旅行の計画を立てたからです。
本当はアマゾンに行くつもりだったんだけど、チケットが取れず、パキスタンに行こうかと思いきや目ぼしいチケットは売り切れでパキスタンに行くのが乗り換えの関係で、ブラジルに行くのよりも時間がかかる始末。

そこで、前から行ってみたかったテオティワカンを訪れるためにメキシコ行きを決定しました。


ここで振り返ってみます。
僕は今までにバックパッカーとして何カ国かを回ってみました。
カンボジア、ミャンマー、タイ、ラオス、インド、チュニジア。

たったそんだけ行ったくらいでバックパッカーとか言ってんじゃねーよなんて言う人もいるかも知れませんが実際はこんなもんです。

【カンボジア】

初めて一人で行った国。そのころまだ若かった僕は週末に友達と遊ぶ予定を入れることに一生懸命でした。友達が忙しく、遊ぶ予定が何週間か入れられなくなった僕は『日本にいる意味ねーよ』と顎が地面と水平になるくらい大空を見上げ、こう一人呟いたのです。

じゃあ、海外に行っちゃえばいいんだ。

当時、鴨志田穣の本を読み漁っていた僕はあっさりとこう思いました。

鴨志田青年はタイへの片道切符をもって英語もわからない状態でカメラマンになるべく単身タイに乗り込んでいました。
タイ行きの飛行機の隣に座っていたタイ人の家に居候をすることから彼のジャーナーリストとしての人生が始まっていきます。

この話を読んでいた僕としては、別に住み着くわけでもないし一週間かそこらの旅行くらい一人でもどうにかなるだろ。
となんとなく思い、アンコールワットを見てみたかったのもあり、カンボジア行きを直感で決めました。


ただし、出発前日の夜にエラい事、後悔しました。
俺って、英語の授業と音楽の歌詞以外で英語喋ったこと無いんだけどどうするんだろう。



【ミャンマー】

一人旅行に味を占めた僕は、次なる目的地を世界三大仏教遺跡のあるミャンマーに定めました。

自転車で遺跡を見て回り、遺跡の上でタバコを吹かしたり、地元の猟師の船に乗ってのんびりと揺られる。
ブラックマーケットで両替をして油っこいミャンマーカレーを食べる。


【ラオス】
バックパッカーがまた訪れたい国の上位に常に挙がる国。

とにかくのんびりとした国
物売りも一回断ればあっさりとあきらめてしまう始末。

桃源郷とも言われるバンビエンではタイヤのチューブに浮かんでひたすら8kmほど川を下る
何にもすることが無いのでバイクを借りてその辺をブラブラする。



【インド】
バックパッカーと名乗るには一度は行かないと行けないと思い旅立つ。

インド人がとにかくうっとおしい。
仲良く慣れたと思った次の瞬間にもあっさりと鬼のような形相で商売を始める。

バラナシでは常に牛のウンコが足についていたし、頭にきてオートリキシャーから何回か飛び降りた。

運「僕のお勧めの観光コースがあるからそこもついでに行こう。」

僕「行かねーって言ってるだろ!!」

運「大丈夫、同じ値段。」

僕「行かねーよ!!」

運「大丈夫」

リキシャーは目的地と違う方向に走り出す。

ゴン、ゴン、ゴン、ゴン
運転席を何度を蹴っ飛ばす。

ただ、これくらいでは相手もへこたれない。

僕「俺の言った場所に行けよ。」

運「僕を信用して。」

僕「ふざけんな!!」


ズザーーー


オートリキシャーから飛び降りた僕にうろたえる運転手。

運「わかったから、飛び降りたりしないでくれ。お前の行きたい場所に行こう。」

目的地に着くと予想通り値段が上がっている。
乗る前に交渉していた料金を運転手に投げつけて、睨みつけた上でその場を立ち去る。

★注 すべての場合でこうではありません。


その他にも、ホットシャワーが出ると言われた宿で水シャワーが出て両膝に手を突き頭をガックリとうな垂れていた時に足元にウンコを発見したこともありました。

インドスタイルに習い、左手でウンチョスも拭きました。
手で拭いたことの無い僕は確認のために左手を見てみました。


オーーーーイ、手にウンコがついてるぞーーーー。


オシリーナを綺麗にするために拭いた左手にはウンチョリーナが付いている。
綺麗にするための行為のはずが、結果としては体の2ヶ所に付いているわけです。
しかもセパレートで。


【チュニジア】
砂漠の民は顔に布を巻いてラクダに乗っている。
生活の知恵としてそういった感じなんだろうけど、本当に顔を布で巻かないと砂漠は辛いんだろうか。
是非、試してみなくては。
といった感じで決定。

事前でネットで調べても、現地で探しても朝方、夕方の移動といったモノしかない。(砂漠で4泊以上とかだったらあったけど時間の都合上無理でした。)

そんなぬるい事をするためにチュニジアまで来たんじゃないんだけどなぁー、と思いながら参加してみた現地手配の1泊2日のラクダツアー。

アーーーっと言う間にお腹が一杯に・・・。

ケツが痛い。
日差しが強い。

日に焼けすぎてとにかく皮膚が痛い。
ガイドにはフランス語しか通じない。

「ちょっと待って。日焼け止め塗り直したいからラクダ止めて。」

を、ヂェスチャーで伝えるのも面倒。




さて、まだまだ書こうかと思っていましたが、なにぶん明日出発なのでこの辺にしときます。


帰国

無事、タイ、ラオスより帰国しました。
タイが右の本格派なら、ラオスは大きく割れる縦のカーブが持ち球で試合後にもアイシングをしない様な国でした。
ビエンチャン 門
ラオスはのーんびりと過ごせました。
キーホルダー ラオス
タイでは空気の悪さに喉が痛くなりました。
ビエンチャン タートルアン

帰国時の日本の入国審査では恒例の念入なボディーチェックをされ、鞄の中をまさぐられ、灰皿の中身を調べられました。
あらぬ疑いをかけられないために、帰国前に無精髭を剃ったのにきゅうりのへたくらいまるで意味がありませんでした。


気が向いたときに、旅行記を書こうかと思います。

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